小説の中の「逸見小学校」 [本の話]
庄野潤三さんが文壇デビュー前に書かれた長編戦争小説「逸見小学校」(新潮8月号)を読みました。原稿180枚(途中3枚欠けている)は庄野さん27歳の時の作品で、当時庄野さんは大阪市立南高校で英語の教師をしていたそうです。原稿の最後に1949年1月21日という日付がありました。
庄野さんは昭和18年に徴兵検査に合格し、翌19年には海軍少尉となりました。庄野隊を編成して、一時期横須賀の逸見国民学校に駐屯していたそうです。この小説はこの頃の体験を軸に書かれた作品のようです。新潮8月号の146~147ページには昭和20年6月14日に撮影された海軍庄野隊の集合写真で、軍刀を持って写真中央に立つ若き日の作者がいました。木造2階建てで2階部分には部屋ごとに窓辺に手すりが写っていました。小説の内容は、千野という尉官軍人(大学卒業前後の若い海軍軍人)の目を通して語られる日々の暮らしとその心情が克明に綴られたものでした。
「ここでの訓練の方針といふものは、出撃までの約一ヶ月の間に、出来るだけ英気を養い、心身ともに力を充いつさせると云ふ点にあったやうである。」というように、戦争の悲惨な様子ではなく、制約されてはいるけれど、日々の穏やかな時間を丁寧にまとめたものでした。偶然関わることになった逸見小学校を舞台に、時代を越えて、ここで静かなひとときが流れていたことにほっとし、心温かなものを感じました。
投稿者:ゆんたく
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